2016年11月07日

「いつもの」と「はじめての」のあいだで

なんか、芝居を、している。
こういうこと書くと「いつまでも『僕なんて俳優じゃないですー』みたいなポーズやめろや」とか怒られそうだが、実際のところの事情として実感しているのは事実なのだ。

仕事して、コントレックスでかける新ネタ『ハイベン』の稽古して、終わり次第その足で『Short Cuts2』の稽古へ。短編ながら3本の芝居を並行して稽古しているわけだ。慣れないことをやっているのだ、「なんだそれ、マジかよ」とくらい思わせてくれ。

その人の固有の武器、「持ち物」がエンターテイメントになる瞬間は、珍しく稽古が楽しくなる。そんなことタマにしかないけど、今日の稽古のハシゴの中で、どちらでもその瞬間に立ち会えた気がする。
まあ、大体の人間は「持ち物」なんて持ってねえんだけど。たとえ持っていてもエンターテイメントとして発現できるなんては更に稀なんだけど。
おっさん臭いことを書くと(今日『若く見える』と仕切りに言われたので余計に言いづらいが)、おれは器用で達者なバイプレイヤーより、唯一無二しか持ってない特攻野郎と芝居する方が、単純に楽しいのだ。あと直向きさくらいあれば、それでいいのだ。
ま、おれの「楽しさ」なんて芝居のクオリティにはそんなに関係ないのだけど。
でもまあ、「いつもの」と「はじめて」の間を行ったり来たりしつつ、想像していたよりずっと楽しませてもらっている。

ま、あとは、結果だよね。芝居なんだから。エンターテイメントなんだから。

ただ、これは『Short Cuts』のことだけど、そして更にオヤジ臭い余計なお世話だけど、この「演劇界」とやらに足を踏み入れてくれた彼女に、なんかは持ち帰って欲しいのよね。そこは共演者として。末端とはいえこの世界の住人(まだまだ居心地悪いけどなっ!)として。
そして願わくば、その持って帰る「持ち物」が「ウケたという経験」だと素敵よね、とか思うのだ。だっておれは"コメディ俳優"だもの。あの気持良さは、他人より知ってるから。

いかんなあ、慣れないことやっていると柄でもなくなる。


posted by 淺越岳人 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

ジイ

思い出したように時たまひくひくと身体を痙攣させることで、"彼"−"彼女"なのかも知れないが"それ"と呼ぶのには抵抗がある−は辛うじて死体と呼ばれることを拒否している。俺はその姿を眺めながら、"彼"との出会いはいつだっけ、と思い出す。
 公演期間中だったから、9月の頭か。体力と気力がギリギリのなか半分どころか4分の3くらい眠りながら、這うようにしての帰宅。鍵を開けるのももどかしくドアを開けると"彼"がいた。いた、と言っても俺の目がその2本の触覚と黒光りした体躯を捉えられたのは一瞬だけで、すぐに物陰に姿を消した。平時なら本棚を動かすことも厭わず追い立てて追い立てて「確殺」するところだが、今は疲労と眠気でそれどころではない。「命拾いしたな」と口に出すのも面倒臭く俺はベッドに倒れこんだ。
 その後も幾度となく"彼"は現れた。
シャワーを浴びようとしたら風呂場に。買い物後には冷蔵庫の上に。一時は余りにも頻繁に出現するので、いつでも探しているような感じであった。玄関の靴の横。トイレの壁。本棚の隙間。向かいのホーム。路地裏の窓。こんなとこにいるはずもないのに。
 もちろんいつもいつも眠気にやられてるわけでもないので、俺は"彼"には殺意を持って相対した。手近にあるものを振り下ろし、洗剤をぶち撒けた。しかし、ことごとく"彼"は逃げ果せた。どこかの隙間に潜り込み、ほとぼりが冷めればまたひょっこり顔を出した。
 そして季節は巡る。
 俺が最初に異変に気付いたのは、自室の天井に"彼"が現れたときだった。
 ベッドに寝転んで本を読んでいた俺の視界の端に黒いものが入り込む。俺はすかさず部屋の物干し竿を手に取る。
 ここで問題が起こる。賃貸物件、それもアパートに住む読者諸賢ならわかるだろうが、壁や天井に張り付く害虫を殺すのには細心の注意を払わなければならない。なぜならその駆除には多くの場合、副次的被害が付いて回るからだ。壁や天井を強打することによる隣人とのトラブル。壁の凹み、障子の破れ。飛び散った体液、特に蚊の場合には血液の処理も問題だ。そういったリスクとここで逃した場合の被害の拡大を天秤にかけ、できる限りのアセスメントと事後計画を考慮した上で、しかし徹底的な殺意を持ってこの時も俺は物干し竿を天井の天敵に突き出したのである。
 結果として、ご近所トラブルと還らぬ敷金が頭をよぎったことで打ち込みは非常に緩いものになった。そのうえ狙いも外れ、弱々しい打撃は"彼"の数ミリ横で「カツン」という音を立てるにとどまった。
 しかし、である。いつもなら自身に対するありとあらゆる攻撃をその敏捷さで回避する"彼"が、微動だにしない。すぐそばに凶器があるというのに、逃げも隠れもしない。不思議に思うのと「畜生なめやがって」という気持を半々に、おれは"彼"目掛けて物干し竿を横に薙ぎ払った。
 今度の攻撃は対象の胴体を正確に捉え、"彼"は力なく天井から真っ逆さまに落下した。おれは打撃が命中したことにむしろ驚いて、黒いものが見上げる形になっている顔に落下してくることに更に驚いて、「ひゃあ」というなんとも情けのない声を発し飛び退いた。"彼"はというと床にべちゃっと落ちたあと、何事もなかったかのようにどこかへ潜り込んだ。いつもなら全くもって通用しないおれの攻撃が。"彼"の消えた部屋に取り残されたおれは、くしゃみをひとつする。
 そうか。秋か。
 それから別れまでに、日はかからなかった。
 流し場に現れた"彼"にはもう、鋭敏さは欠片も見られなかった。電気を点けたおれに気付くと、暫く佇んだあと、「よっこいしょ」というように、のそのそと積み上がった洗い残しの皿の下に向かう。おれは潜り込もうとした"彼"の動きに先回りして、流しの角にあった皿を持ち上げる。隠れ家を失った彼の動きが再び止まる。
 こちらを向く。眼が合う。
 この数ヶ月の闘いの記憶が脳裏に浮かぶ。わざわざこの老兵に手を下すのか。冬も近い。しかし、そんな勝手な憐憫こそ、我々の関係を侮辱しているのではないだろうか?
 感慨とか共感とか孤独とかは、すべてこちらの一方的なものに過ぎない。"彼"にそんなセコい感情はないのだから。そんな人間の、いやおれの狭いフレームを当てはめるな。
 人間と、ゴキブリなのだ。
 おれが万感の思いとともに洗剤をその身に振りかけるまで、"彼"は微動だにしなかった。水色の粘液に塗れて初めて、危険を察知したのか流し場の対角線に突進した。その数瞬の素早さだけは往時のそれだったが、すぐにその動きは鈍重になり、やがて止まった。
 おれは努めて事務的に、レジ袋でその身体を包み、ゴミ袋へ投げ入れた。
 そしてやっぱり我慢できずに、少しだけ、手を合わせてしまう。
 






posted by 淺越岳人 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

リハビリテーション

さすがに公演期間中は台本以外のテキストに目を通す余裕が皆無だったので、終わって一週間ちょい、社会復帰しつつまとめて読みたかった本を片付ける。

法月綸太郎『法月綸太郎の冒険』『一の悲劇』『ノックス・マシン』『法月綸太郎の功績』
鯨統一郎『パラドックス学園』で「日本でもっとも論理性の高い本格ミステリ作家」と紹介され、あとSF論壇でも作品が取り上げられたりして、「絶対好きだろうな」と思いつつ読んでいなかった作家。とりあえず手当たり次第に。
「悩めるミステリ作家」という渾名の通り、ミステリというジャンルについて非常に実験的・思弁的に取り組む姿勢がとにかくクール。隙のない、論理性の塊みたいなパズラーだからこそむしろ高い芸術性を感じるし、そのハードコアな姿勢に、思考と試行=ジャンル愛という熱が乗っている。ハードボイルドでなく本格ミステリなのに、なんとも「カッコいい」小説なのだ。
特に『ノックス・マシン』収録の短編どれもは本当に素晴らしかった。呆けた脳が久々にカッと熱くなるような感覚。表題作なんてグレッグ・イーガン並みの物理用語のオンパレードなのに、ちゃんと「謎解き」になっているうえ、センス・オブ・ワンダーありジャンルへの提言ありで現時点の今年の短編小説ベスト。「なぜ今まで読んでこなかったんだ!」という後悔しつつ「新しい狩場見つけたぞ!」と舌舐めずりが止まらない。パズラーゆえ内容を語りづらいのが非常にもどかしい。

瀬名秀明『BRAIN VALLEY』
法月綸太郎によってSF脳が活性化されたので、ガチガチのハードSFを、と思い手に取る。この作家も『パラサイト・イブ』それから短編集一冊しか読んでいない。
文学、というか芸術の重要なテーマのひとつが「神」だと思う。「神とは何か」、直接的にしろ間接的にしろ、その答えを表現する方法として、文学も音楽も美術も発展してきた。エンターテイメントだって芸術性を持っている以上、多かれ少なかれその部分を持つ。ボーイ・ミーツ・ガールものなんて、その最たるものだ。一目惚れって天啓だろ。
そういう意味で、その芸術の最大の課題に真正面から向き合い、SF的回答を用意したのがこの作品。本当に逃げずに、寓意とか多義性に迂回せずに、科学を絵筆に「神」の正体を描く。そこに作者の作家としての、そして科学に携わるものとしての野心と責任感を感じた。
「神」が何なのか、知りたくないか?結構なページ数と、山盛りの学術的記述を超えた先に、そのご褒美としてとんでもない答えが転がってるぜ。

そして明日は冲方丁『マルドゥック・アノニマス』の二巻の発売日。読みたい本ばかりが溜まっていく。金も時間も溜まらないが。


posted by 淺越岳人 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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